2005年11月23日

理解してもらうということ

ゆうきさんのところの記事「セクシュアルタームを語るということ」から一部引用。

体系的に知識を提供する段階で、用語を用いなければならない。ところが、聞き手の頭の中で用語には何かしら淫猥なニュアンスが結びつけられている。性的マジョリティにとっての性とはしばしば猥談かもしくは沈黙・隠蔽の二者択一であって、それ以外の扱い方を心得るのはなかなか大変なのである。

日本では古来から「性に関する話題を隠蔽すること」が美徳とされ、性に関する話題がタブーとされてきた感がある。性教育が進んできたとは言っても、日本は海外諸国に比べればまだまだ。

結局、こちらがいくら熱弁を振るったところで、まともに受け止める人が少ない状況では、万人に性の問題を理解してもらうことは限りなく不可能に近い。そういう意味では誤解したい人にはさせておけばよいという考え方に、私は賛成である。

「全ての人に理解してもらおう」と考えるのではなく、「全ての人に誤解されないように」と考えるのがいいと思う。理解者は、少なくてもいい。そこから少しずつ広がることを期待したい。

posted by Red cat at 20:41| Comment(0) | TrackBack(0) | モノローグ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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