お久しぶりです。今回は入院(とその後の経過)のお話です。
- 12月14日〜12月18日
14日〜16日で一時的に業務復帰。しかし、入院が近づくにつれてやはり不安が募り、17日〜18日は再び欠勤。
- 12月19日〜12月20日
あらかじめ購入しておいた大腸検査食で過ごす。
お酒は特に禁止されてなかったので少しだけ飲んだ。
- 12月21日(入院1日目)
10時受付だったが、余裕をもって少し早めに受付。
あらかじめ取得しておいた限度額適用認定証を見せ、とりあえず当座の費用としては限度額+食事料以上は掛からないことが確定。
病棟のナースステーションに向かい、病室へと案内される。
病衣(寝衣)に着替え、程なくして担当看護師が来て、提出書類を渡す。
翌日が手術のため、この日は病院で調理された大腸検査食が提供された(昼・夜)。
この段階ではまだあまり病人らしさはなく、翌日の手術に関しても、後はなるようにしかならないので、不思議と不安は消えていた。
入院前にあらかじめ自宅でもシャワー浴はしていたが、病院のシャワー室に慣れるついでに夕方にシャワー浴。
20時、下剤服用。22時消灯。
- 12月22日(入院2日目、手術当日)
6時起床。
手術に向けて一度大腸を空にしないといけないため、この日から絶食。早速点滴が始まる。
8時、洗腸剤の服用開始。例によって魔法は尻から出る。
11時半頃には概ねカスもほとんど出なくなり、当初の予定通り13時30分から手術開始となる。手術前に点滴を栄養剤からラクテック(血漿補填用)に切り替える。
手術開始直後は鎮静剤の効き目がまだ浅かったため、内視鏡で術部が映し出される様子をはっきりと確認できた。
ポリープの下に特殊な液が注入されてポリープが浮き上がる。その周囲を、特殊な電気ナイフで切っていく。ナイフが入る瞬間に少しだけ痛みを感じたが、「痛っ!」というほどではなかった。
中盤、鎮静剤が効いてきて、やや意識がボーっとする。眠気で目を開けていられなかったが、医師たちの会話は何となく聞こえていた。雑談を交えながら時折切除への指示を出す(執刀したのは担当医だったが、指示を出していたのはおそらく消化器内科の医長だったと思われる)、といった感じで、さほど深刻な手術をしている感じはしなかった。患者への配慮なのだろうか。
終盤、鎮静剤の効果が薄れてきたのか、また目を開けられるようになり、ポリープが切り離される瞬間をはっきりと確認できた。医師も「綺麗に取れましたよ」と言ってくれた。
ポリープは即座に回収されて生体検査に回される。私はストレッチャーに乗せられ、横になったまま病室へと戻された。
術後はややふらつきはあったものの、点滴棒につかまることで何とか自力歩行はできたので、トイレには不都合はなかった。
なるべく安静を保つため、あらかじめ自販機で購入しておいたお茶を飲みながら、ベッドで横になりながら、あらかじめ用意しておいた携帯ラジオを聴いて過ごした。
22時消灯。
- 12月23日(入院3日目)
6時起床。前日からの点滴がまだ残っていたので、それが終わったら新しい点滴(栄養剤)に入れ替えるとのこと。
10時頃、前日からの点滴が終わり、当日用の新しい点滴に入れ替えられる。
絶食ながら水・お茶はOK、活動にもこれといった制限はなかったので、病棟のデイルームにお茶を汲みに行っては、お茶を飲みつつ、携帯ラジオを聴いて過ごす。
22時消灯。点滴が落ち切らなかったので、そのまま放置して寝た。
深夜、何時頃かはわからないが、夜勤の看護師が来ていたのは何となく覚えている。
- 12月24日(入院4日目)
6時起床。気が付いたら点滴は外されていた(と言っても、この日も少ないながら点滴はあるので、針自体は刺さったまま)。
入院中最後の点滴がつながれる。朝食はなし。
昼、五分粥の低残渣食から食事再開。66時間ぶりの食事は50分ほど掛けてゆっくりと味わった。
「入院中のお供」と思って持ち込んだ携帯ラジオはこの日も健在。正午からはチャリティーミュージックソンも消灯時間までは聴いていた。
夜も低残渣食ながら、クリスマスを意識してか、鶏肉を主菜としたメニューとデザートが添えられていた。使える食材が限られる中でクリスマスっぽい食事を考えてくれる栄養士さんGJ。
19時頃、概ね点滴も落ちたところで、ようやく点滴の針から解放される。
22時消灯。
- 12月25日(入院5日目)
6時起床。前日から続いているチャリティーミュージックソンの聴取を再開。
8時頃、朝食(低残渣食)。
12時頃、昼食。ここから全粥の軟採食に切り替わる。
昼食後、4日ぶりにシャワー浴。点滴の針も抜けたので、気兼ねなくシャワーを浴びた。
18時頃、夕食(軟採食)。
22時消灯。
- 12月26日(入院6日目)
6時起床。8時頃、朝食(軟採食)。
この日辺りから、便に混じる血の量が目に見えて少なくなり、見た感じではほとんど出血はなさそうに思えた。
12時頃、昼食。ここから常食(通常の米飯)に切り替わる。
18時頃、夕食(常食)。
消灯は22時だが、この日は気持ち早めに21時頃に床に就いた。
- 12月27日(入院7日目・退院日)
6時起床。8時頃、朝食(常食)。
朝食後、身支度を済ませ、退院の時を待つ。
程なくして、退院後の注意事項と次回の外来受診日の案内を渡され、ようやく住み慣れた我が家へと戻ってきたのだった。
飲酒は血流を良くしてしまい、術創部から再度出血してしまう可能性があるため、次回外来受診までは禁酒。代わりにノンアルコールビールで一人ささやかに快気祝いをした。
- 12月28日
夜、排便時に少しいきんでしまったせいか、わずかに出血を認めた。
とりあえず1日様子を見てみようと思い、しばしの静観。
- 12月30日
29日〜この日の朝の排便に掛けて、出血(便器の水が赤くなるほどではないが、拭くとトイレットペーパーに血が付く程度)が収まらないため、内科外来にTel。
11時を過ぎた頃、ようやく外来から折り返しの連絡が入る。とりあえず診察をしたいので、病院に来てほしいとのことだった。
受付を済ませ、救急処置室へ。医師の見解としては「そのまま様子を見続けても良いが、不安なら内視鏡で確認もできる」とのことだった。不安を抱えたまま年越しはしたくなかったので、とりあえず浣腸を差して術創部だけ見てもらうことに。
緊急のカメラが入った(おそらく入院患者であろう)らしく、1時間以上待たされたが、ようやく内視鏡室に案内される。
果たして、覗いてみると、概ね術創部は順調に塞がっていたものの、ごく微量ではあるが出血していることが確認された。
念のため、ということで出血部に4個ほど鉗子を入れてもらい、出血が止まったことを確認して応急処置は終了。処置による微量の出血は続くだろうが、ひとまずこれで様子を見てください、とのことだった(ちなみに鉗子は不要になったら便と一緒に排泄されるらしい)。
実際、年明け2日〜3日あたりでほぼ出血はなくなり、現在は落ち着いている。
…とまぁ、退院後にもいろいろありましたが、4日の仕事始めにも無事間に合い、ようやく平時の生活に戻っています(相変わらずお酒はNGですが)。
次回の受診でポリープの正体がはっきりするまではまだ一抹の不安がないわけでもないですが、とりあえずは何とか生きてます。
今回のことで大腸のことをいろいろと調べたのですが、近年は日本人の洋食化に伴って大腸がんの割合もかなり多いらしく、しかもそのほとんどが直腸とその奥にあるS状結腸(ちなみにGID-MtFな人ならS状結腸は一度は調べたことがあるはず)に発生するのだそうです。特に排便のリズムが悪い(便秘と下痢を繰り返すetc.)人はがん・ポリープの発生する確率が高いらしいです。
心当たりがある人(特に40代〜50代)は、できるなら1回は大腸カメラをやっておくことをお勧めします。便潜血検査が陰性でも、内視鏡で覗いたら小さなポリープが見つかることもあります。小さいポリープならその場で切り取ってもらえるので、早めにやっておくと良いです(ちなみに費用は3割負担で6,000円程度、生体検査が追加された場合は約10,000円)よ!私はまだ大腸ESDで済みましたが、もっと酷かったら本当に最悪の人工肛門になってたかもしれないので…。
結論(?) : オカマでも健康は大事